Bài cảm nhận của cô Machida ( trường ABK ) sau khi đến dự buổi lễ kỷ niệm 20 năm thành lập nhật ngữ Đông Du.
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はじめに
「留学生と日本語」というこのコーナーの趣旨からは若干外れているかもしれません
が、日本に留学しなくても、日本語を学ぶ学生と、その指導に当たる先生がこの広い
空の下、世界中どこにでもいることを、同じ仲間としてぜひお伝えしたいと思います。
このたび、ホーチミンにあるドンヅー日本語学校の20周年記念にあわせて、ベトナム
を訪問する機会を得ました。実際に目で見、耳で聞いてきたドンヅーの様子、そして
そこから私が感じたものを、皆さんに少しでもお伝えできればと思います。短期間の
ことであり、筆力にも自信がないため、誤解や不備もあるかと思いますがその点は
お許しください。
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1.学生の礼儀正しさ、ホエ先生の理想
〈写真 研究授業をする筆者〉
ホーバンフエのドンヅー本校の玄関先に立つと、バイクが所狭しと並んでいた。雑然
としているようでそれなりに秩序が保たれている、その並べ方が、小木曽さんの言う
『ベトナム的合理主義』に合致しているのだろう。
玄関脇には新宿日本語学校とさくら日本語学校からのお祝いの花環が並べられ、
玄関ホール両脇もたくさんの花で彩られて、華やいだお祝いムードを醸し出していた。
ABKからの花環は、贈っていないのだからもちろんない。お祝いの花を贈るべきだっ
たと、小木曽さん、山田さんとともに反省。「飾らない」のがABKと言って、気が回らな
いのを言い訳してすませてはいけないと思った。
玄関を入ると、行き交う学生さんたちがきちんと一度立ち止まり、頭を下げて挨拶し
ながら通り過ぎていく。その姿に新鮮な驚きを感じた。なぜ「新鮮」かというとABKで
は挨拶はしてくれるが、こんなに礼儀正しくないから。どうして「驚いた」かと言うと、A
BKの学生はどこの誰かわからない人にまで挨拶したりしないから。
教室内でも先生が入ってくると全員立ちあがって、挨拶。先生が「お元気ですか」
と聞くと、声をそろえて「はい、元気です。先生も元気ですか」と聞いてくる。形にとら
われる必要はないという考え方もあるだろうが、口に出して示すことによってお互いの
心が通じ合う、少なくともそのきっかけを作ることができるのは確かだ。現に私も挨拶
されて戸惑いつつ、心が温かくなるのを感じた。
山田さんが「ベトナムの学校はどこでもこんな感じなんですか」と聞いたら、「ドンヅ
ーだけです」と言われた。ホエ先生の理想とする教育が、ここでこんな形でしっかり
実を結んでいるのが感じられた。理想があっても、実行に結びつけるのは難しい。改
めてホエ先生の実行力、カリスマ性を再認識した瞬間でもあった。
2.ベトナム人教師の指導力、ドンヅーの組織力
ホエ先生の理想を具現しているのは、この地で、この学校で、日々教育にあたって
いるベトナム人の先生方。その先生方が、この、きちんと芯の通った、それでいて温
かみのある学校の空気を作り、育て、維持している。
先生方との話し合いの中で、質問されたこと、「やる気のない学生にどう対処したら
いいか、学習が進まない学生をどうサポートしたらいいか、この文法項目はどう提示し
たらわかりやすく印象に残るか」などなど。それらは常々ABKで教えている先生方と
共通の悩みだ。日本とベトナム、遠く離れていても、やはり同じ日本語教師なのだと
仲間意識、一体感を感じる。
一方、ABKでは聞かれない悩みもある。先生方が口々に、自分自身の日本語力に
不安を感じると話すのを聞きながら、その気持ちの中にこそ、教師としての理想、努力、
自負がこもっていることを私は伝えられただろうか。「まあ、こんなもんだろう」と妥協した
り、「井の中の蛙」的に、自分は日本語が上手だと思っていたら、日本語力に対する不
安を口にすることはない。実際、個人差はあるが、皆さん、かなり高い日本語力を持って
いる。それにもかかわらず、足りないと思うのは、教師としてよりよい教育をという理想
に燃えているからこそ、そして、その理想に向けて努力を続けているからこそだ。実は
どんなに優秀な教師、あるいは通訳者でも、その国での生活経験があったとしても、
成人してから学んだ言語を、母語話者と同様に話すのは不可能に近いのではないか
と思う。でも、それは母語話者よりも教師として劣るということではない。自分自身が
日本語を学ぶ過程で困ったこと、工夫したことが、全て新たにその道を行く学生たちの
道しるべとなるのだから。そして、それは日本人の教師にはできないことだから。
先生方との話し合いで感じた熱意は、私にとって心地よいものだった。ドンヅーの先
生方がこのように真摯に日本語教育に打ち込んでいるのは、ホエ先生を頂点に、ジュ
エン先生、ギー先生を副校長として、組織固めがしっかりできているからだろう。ホエ
先生が文字通り馬車馬のごとく理想に向かって突っ走るのに合わせて、教師と学生
が馬車の両輪のようにお互いに高めあい、協力し合いながら走っている。
その馬車をジュエン先生とギー先生が御していると言ったら、ホエ先生に叱られる
だろうか。ちなみに、ドンヅーの教室には全てテレビカメラが取り付けてあって、授業
の様子をホエ先生がチェックするのだと言う。チェックされる先生も大変だろうが、チェ
ックをするホエ先生の労力もそうとうなもののはずだ。ともすると閉鎖空間となってし
まう教室を、ほかの視点から見ることは大事なことだし、必要なことだが、なかなか
できることではない。それを実行しているホエ先生の情熱に頭が下がる。
ドンヅーの教室は廊下に向かう部分がすべて窓になっていて、廊下を通る人は教
室内の様子が見られるようになっている。それもホエ先生の工夫なのかもしれない。
ABKも新校舎建設の際にはぜひそのような形にしてほしいと思う。
〈写真左 (右から) 伊藤先生 (一人置いて) ギー副校長、ジュエン副校長。写真右
お茶目なジュエン先生〉
3.ドンヅーの漢字教育、ベトナム的合理性
もうひとつ、ドンヅー日本語学校の特徴の一つに漢字教育があげられる。私がぜひ
見たいと思ったのも、その漢字教育だ。ベトナムはもともと漢字文化圏に属する国で、
現在は漢字が使われていないものの、1つ1つの発音=意味にはそれに当たる漢字
が存在するそうだ。ドンヅーの漢字教育はその点に着目した独自の教育法だ。
日本語を学ぶ上で、中国語を母語とする学習者が漢字の共通性の恩恵を受けて
いることは広く知られている。韓国人学習者も、例えば「감사(カムサ)」がもともと漢
字表記で「感謝」と書かれたものであり、日本語では同じ漢字を「かんしゃ」と読むこ
とが分かれば、母語と結び付けて語彙を覚えられるので学習の負担が軽減する。
それと同じような形で日本語の1つ1つの漢字をベトナム語の発音で覚えていくの
が、ドンヅー式漢字学習法(便宜的にこう呼ばせていただく)だ。ベトナム語で日本
の漢字を勉強するのだから、ベトナム人の学習者にとって母語の優位性を遺憾なく
発揮できることになる。ホエ先生はベトナムの学生にとって中級の読解が課題だと
おっしゃっていたが、この漢字学習によって、ドンヅーの学生は、同じように非漢字
圏の学生として扱われるタイやインドネシアの学生より、またベトナムのほかの日
本語教育機関の学生より、ずっと優位に立っている。初級の学習を終えたドンヅー
の学生は、日本語で書かれた文を見て、読めないながらもだいたいの意味を推測
する能力を有していることになるからだ。 この漢字指導はベトナム人の教師でな
ければできないことは言うまでもない。もしかしたら、ホエ先生が自分自身の日本
語学習の中で生みだした工夫なのかもしれない。日本人教師の中にはその漢字
指導法に批判的な意見もあるようだが、利用できるものはこだわらずに活用する、
そのベトナム的合理性を私は素晴らしいと思う。
4.日本人教師の明るさ、逞しさ
ドンヅーがベトナム人の先生方によって支えられているとはいえ、学校を一歩出
たら、全く日本語環境がない。そんな学生さんたちの教育を別の面から支えている
のが、日本人教師の皆さんだ。自然な日本語を聞く機会を与え、発音指導をし、日
本人的発想や対応の仕方、文化や習慣などについて、身をもって示せるのが、日
本人の教師ということになる。滞在中いろいろお世話になった伊藤先生から、来た
ばかりのときにタクシー代をぼられた話などを聞きながら、大変なことも思い出話に
してしまう明るさ、海外で働きながら暮らす逞しさを感じた。今年5年目の伊藤先生
はこっちへ来てからストレスを全然感じないとのこと。私にはとても真似できないバ
イタリティだ。 それは、一緒にタクシーで移動した日本人教師の皆さんからも感じ
られた。ベトナム語もわからないまま赴任して、日々生活しながらの慣れない教育
活動。直前に担当クラスが変更になったり、教室に行ったら学生が急に増えていた
り、何でもありの状況で、それでも黒板を背にして立たねばならないのは、日本で
はちょっと考えられないことだ。それでも、与えられた環境の中で教師として精一杯
努力する姿に感動を覚えた。なかなか教え方について質問できる人がいないと言っ
て、授業開始前の短い時間にいろいろ聞いてくる熱意に敬意を表する。
海外にもいろいろな日本語学校があるだろうが、ドンヅーで教師としてのスタート
を切ることができたのは、この若い先生たちにとってきっとすごくラッキーなことだ。
なぜなら、教師を育ててくれるのは学生だから。熱心に学習に取り組むドンヅーの
学生とともに試行錯誤を繰り返しながら、立派な教師に育っていくことだろう。
ちなみに、どれくらいベトナムにいるのか聞いたところ、任期は1年で、学生に人気
があれば継続可能というシビアな答え。ホエ先生の評価基準は学生が目を輝かせ
て楽しそうに勉強しているかどうか。ホエ先生、やっぱり厳しい。でもその厳しさは
自分自身にも同様に向けられているもの。ほかの先生方も同じように厳しく、学生
さんたちも先生方の厳しさを高く評価していた。
5.ベトナムの日本語教育
ダナン分校の校長タン先生の話によると、先生方は週40時間授業を受け持ってい
るとのこと。時間給の非常勤講師は、コマ数を増やさないと収入が減ってしまうので、
たくさん担当する傾向だという。一方、経済成長真っただ中のベトナムでは、より高い
収入を求めて転職する人が多く、日系企業は高給だと思われているらしい。企業の
方も一般のベトナムの企業より高い給料を出していると思っているが、日本以外の外
資系企業には及ばないという。ベトナム人が時間をかけて学費を払って日本語を身に
付けた「投資」に見合うほどの高給とは言い難く、不満を感じる人が少なくない。企業
はそのことに気づいていなくて、ベトナム人がすぐ転職してしまうことに不信感を持って
いるらしい。何となくボタンの掛け違いを感じる。ベトナムでも日本語学習者は減少気
味だそうだ。それでなくても日本が経済的に求心力を失いつつある中、今回の大震災
の影響がどれくらい出るのだろうか。
ドンヅーの力強い歩み、先生方の熱意に励まされ、勇気をもらった今回のベトナム
訪問だったが、同時に不安も広がる帰路だった。いろいろ心配しても始まらないから、
今できることをできる限り努力するしかないのだが・・・。
〈写真左(サイゴン港の船上レストランで、右から:町田、小木曽、春原、ホエ、ティパワン(タイ、
TPA)、ジュエンの皆さん。写真右(ホーチミン市はやはりバイクの街)〉
6.終わりに
3月12日、東北関東大震災の影響で高速道路は閉鎖、一般道は大渋滞、電車も満足
に走っていない中、成田に向かうも、飛行機に間に合わず、翌日、小木曽校長、山田事
務長とともに、機上の人となった。予定より1日遅れての出発だった。渡航中止もやむな
しの状況だったが、今回訪問できたことで多くの収穫が得られ、有意義な時間が過ごせ
た。滞在中いろいろご配慮いただいたホエ先生、ジュエン先生、ギー先生、タン先生、
伊藤先生、また授業見学や意見交換をしてくださったドンヅーの先生方に心からお礼を
申し上げたい。私にとって初めてのベトナムは、いろいろな意味で忘れられない思い出
になるだろう。
(ABK日本語コース教務主任)
Nguồn http://abkdessay.blog.so-net.ne.jp/2011-03-26
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