GIỚI THIỆU VỀ TRƯỜNG NHẬT NGỮ ĐÔNG DU

Bài cảm nhận của Du Học Sinh タン アン ホン

Bài cảm nhận của bạn タン アン ホン - Du Học Sinh Đông Du nhận học bổng 米山奨学金

2004年8月に、ドンズー日本語学校に入学しました。
初めに、私が通ったドンズー日本語学校を紹介させていただきたいと思います。まず学校の名称の意味ですが、ドンズーは東遊(ドンズー)運動に由来しています。

ベトナムにおいて日本へ留学生を派遣する働きは、今に始まったことではありません。20世紀初 頭に、若い指導者を日本で育てようという「東遊(ドンズー)運動」が起こりました。当時、日露戦争でロシアに勝った日本は、ベトナムにとって輝かしい民族 独立のシンボルだったのです。

しかし、この東遊運動は決して成功したとは言えない内容でした。それから、約1世紀の時を超え、ドンズー運動の志を受け継ぎ設立された学校が、ドンズー日本語学校です。

ベトナムではドイモイ政策が進み、経済及び工業が急速に発展しております。その中で、特に日本 との関係は目を見張るものがあり、日本語の必要性が注目されています。ドンズー日本語学校は、ベトナム・ホーチミン市内で最大規模の日本語学校で、 1991年4月に設立されました。学生は現在約5000人います。

「ベトナムの国づくり」を目標として、ベトナム国内より将来を担うであろう優秀な学生を選択 し、日本へ留学生を送り出すプロゼックトがあります。そして、そのプロゼックトは、1992年から現在までの留学生は約800人になります。プロゼックト 開発当初は、ノウハウが分からず多くの学生を送ることができなかったものの、この数年は、毎年150名くらいの学生を送り出しています。

私は、日本に来る前に、ドンズー日本語学校で一年間日本語を勉強しました。短期間でしたが、私にとって、非常に有意義な時間でした。最も今なお印象深いの はドンズー日本語学校の厳しい教育です。毎日、朝から昼まで日本語を勉強し、午後から日本語で、理系科目、数学を学び、ひたすら復習を繰り返しました。リ ラックスのために、土日には野外活動がありました。

なぜこのような厳しい教育をしているのかとホエ校長先生に伺ったことがありました。校長先生は 「ベトナムの留学生はほとんど日本で仕送りをもらえずに、アルバイトをしながら勉強し生活する。だから、ベトナムで今、頑張らないと、ましてや日本では頑 張れない、それに、大学での勉強は非常に大変なので、ベトナムにいる間に出来るだけ数学や理系科目を勉強した方がいい」とおっしゃいました。実は、校長先 生と他の先生方の厳しい訓練を受けたおかげで、現在日本での勉強と生活を充実させることができました。

日本に来てから、一年半、盛岡情報ビジネス専門学校日本語学科で勉強しました。ドンズー日本語学校出身の留学生は皆、日本でアルバイトをして稼ぎながら、 生活費と学費を支払っています。ベトナムと日本では、物価が大きく違い、経済格差もすごく大きいので親の仕送りだけで日本で生活するのは大変困難です。最 初の半年は、片言の日本語なのでアルバイトも生活も難しかったです。毎月ほとんどぎりぎりで暮らしていました。夏休みのような長い休みにはほとんど毎日働 きました。さらに、岩手県の冬の寒さにも負けずに、頑張って、生活しました。

けれども、日本に来たのは働くためではなく、勉強が一番大切なことという目標を忘れませんでした。両親が応援してくれていたこともあり、生活だけではな く、大学受験ためにより一層勉強に励みました。日本の大学に入るために、いくつもの困難を乗り越えました。
まずは日本語学習の苦労のことです。

日本語ですが、第一にいえることは漢字が難しいことです。言葉を話したりや聞き取ることは日本に長くいればいるほどよくできるようになりましたが、漢字は 毎日しっかりと勉強を続けなければなりません。私もよく勉強したつもりですが、使わない漢字はなかなか覚えることが難しいと思います。 次に、尊敬語、謙 譲語の使い分けの難しさです。英語と比べると、難しい言語だと判断されています。毎日、新聞を読み、ラジオを聴き、大学受験に備え、数学、理系科目の本も 読みました。日本語で書いた本だと、語学の勉強にも役に立ちました。最初は本当に大変でしたが少しずつ勉強していくと段々おもしろくなってきました。

次に日本留学試験の受験対策のことです。
日本留学試験は、日本の大学(学部)等に入学を希望する外国人留学生について、日本の大学等で必要とする日本語力及び基礎学力の評価を行うことを目的に実 施する試験です。2002年より年2回(6月及び11月)日本国内と国外で実施するものです。どんな試験にもあてはまることだと思いますが、試験に慣れる ために、過去の試験問題を解きしました。特に大学の試験問題は大学によって違うので、問題に慣れないと非常に大変でした。

日本留学試験の問題はほとんど基礎の問題(理科、数学)なので、計算力と幅広い知識が非常に重要です。そして、私が一番大切にしたのは「集中力」です。日 本留学試験は1日で何科目も受験するので、非常に疲れると考えられます。午前に受験する日本語はまだいいですが、午後に受験する理科、数学は相当に疲れる と思います。ですから、毎日の勉強でも「集中力」を訓練しなければなりませんでした。

最後に、留学情報不足のことです。
留学に関する情報が少なすぎると感じました。情報収集は主にインターネットで行っていますが、知りたい情報を効率よく検索することができません。例えば、 「建築について専門に勉強したい」と思った学生がいるとします。どこの大学へ行けば建築について勉強できるのか、どこの大学が建築に強いのかといったこと がわかりません。情報が少ない私たち留学生はただ漠然と日本留学試験で良い点数を取って良い大学に行くしかないという感じになってしまいます。私達には、 勉強したい専門分野があり、技術が進んでいる日本へ留学したいと思うわけですが、どこの大学へ進学するのかといった具体的な目標が立てられません。私は盛 岡情報ビジネス専門学校の先輩から、情報を得ることができたので、志望した大学を見つけることができました。そして、私は2007年3月に盛岡情報ビジネ ス専門学校日本語学科を卒業し、日本の大学に入ることが出来ました。

2007年4月に滋賀大学に入学しました。
滋賀大学では、日本で一番大きな湖の琵琶湖を生かして、琵琶湖での調査実習を目指しています。日本全国で滋賀大学でしか行っていません。私はこの様な学習 について興味を持っています。また、滋賀大学では、少人数制度で指導しているので、徹底的に勉強できると考えます。これらのことを魅力に感じ、滋賀大学を 選びました。

教育学部環境教育課程に在籍している私は、教育科目と環境教育・環境科学に関する授業を受けています。日本人と同じ授業を受けているのでついていくのが難 しいと感じましたが、日本人の友達から、勉強のことから生活のことまで、いろいろ教えてもらえたので、大学生活を充実させることができました。今年から、 3回生になったので、研究室に入りました。そこで、私は水環境に関する水質を浄化する方法について、興味を持ち、琵琶湖の保全方法と日本で利用している水 道水の処理技術について学びたいと思っています。より専門的に詳しく研究するために、大学院に進学したいと考えています。

環境について学びたいという夢は高校生の頃はただ漠然としていましたが、大学に入り、勉強するうちに、明確な目標になっていきました。発展途上国のベトナ ムは急速な経済成長を望んでいますが、同時に環境問題が深刻な状況となっています。そこで、私はベトナムの環境問題を視野に入れたよりよい経済発展のため に貢献できるような力をつけて帰国したいと考えています。将来、日本での経験や得られた知識・教養を生かして、ベトナムの大学で後輩たちに伝え、水環境に 対する人々の関心が広がって行くようにすることが目標です。

また、日本に留学してから、母国について知らないことがはっきりと見えてきました。特に、ベトナムの文化、経済などが以前より分かるようになってきたと感 じています。加えて、現在、日本に留学していることで日本人はもちろんですが、他の国から来た様々な留学生と接する機会も多く、お互い刺激しあっての勉強 や生活はとても面白いです。

これまで、やって来れたのは、自分の努力だけではなく、家族からの応援や先生方、水口ロータリークラブの方々にお世話になったおかげです。特に、米山奨学 金を頂いたおかげで、勉強や生活がある程度安定することができました。勉強する時間を増やすことができ、学校の活動にも積極的に参加できました。心から、 感謝しております。ありがとうございます。

米山奨学生
タン アン ホン

Nguồn http://www.minakuchirc.com/b-kat-5y-3tan.htm