Bài cảm nhận của một người Nhật sau khi đến thăm trường
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ベトナムスタディツアー2010⑥「ドンズー日本語学校と青葉奨学会」

ツアー5日目の午後には、ホーチミンにあるドンズー日本語学校を訪問。
分乗した参加者のタクシーがなかなか来ないので、Nさんと玄関で待って
いると、ぞくぞくと生徒らしき人達が通学してきました。
日本人の私達を見ると、親しみのある感激した表情をします。
こちらもうれしくなって、1人1人に「こんにちは」と日本語で挨拶。
いったい何十回言ったか分かりません。ほぼ全員が挨拶を返すだけで通り過ぎたのですが、そのうち1人の男の子が勇気を出したように、「日本語能力の試験を受けてもいいですか」と声をかけてきました。
何の話かと一瞬戸惑ったものの、要するに日本語で会話したいだけだとすぐに気づき、早速おしゃべり。多少間違った言葉を使っても意味は伝わるし、
話しかけることが何より大事。そう分かっていてもなかなか外国人に英語で
話しかけられない私にしてみたら、こんな男の子は尊敬の対象。
日本人はみんな「先生」という感覚なのか、私達のことまで「先生」と呼ぶので、なんだか照れくさかったです。
後発のタクシーも到着したので中に入りました。これはロビー。
階段で2階に上がります。壁にはこんな絵が。
ちなみにこれがさっきおしゃべりした男の子。授業頑張ってね。
2階にはいくつかの教室。
そして奥の廊下を入った所に青葉奨学会の事務所がありました。
この小さな部屋で青葉奨学生の選定や、支援金を奨学金として学生に渡す管理を行っています。つまり青葉奨学生が里子となるわけです。
廊下には大きなロッカー。過去の青葉奨学生の資料などが入っているそう。
スタッフのシュン君を紹介しますね。
元青葉奨学生で日本に留学経験もあり、スタディツアーの際には、ガイド兼通訳として私達の世話をしてくれます。
日本から出す里子宛の手紙を翻訳しているのも、このシュン君。
ドンズー日本語学校の教師でもある27歳の青年です。
ドンズー日本語学校と青葉奨学会を創設したのは、ホウエ先生ことグエン・ドク・ホウエさん。時々来日されるので、私も日本で何度かお会いしたことがありました。
ホ ウエ先生は1959年に文部省国費留学生として来日、京都大学と東京大学大学院で理論物理学を専攻していました。その後、戦争がまだ終わっていない状態で あるにもかかわらず、‘74年初めに日本の友人達の反対をふりきり、故国への思いからベトナムへ帰国。政府機関の仕事や製紙工場の建設などに携わった後、‘91年にドンズー日本語学校を設立されました。
‘92年に青葉奨学会を作り、‘95年にホウエ先生の働きかけで日本に出来たのが「ベトナム子ども基金」です。他にも「ベトナム青葉奨学会沖縄委員会」「北陸ベトナム友好協会」など、青葉奨学会を支援している団体はいくつかあります。
ホウエ先生と対面した後、授業中の教室にお邪魔して生徒達と交流させてもらえることに。これは外からのぞいただけなのですが初級クラスです。
入ったのはこちらの中級クラス。
6人で順番に自己紹介をすると、「ベトナムは初めてですか?」「ベトナム人をどう思いますか?」など質問が飛んで来ました。ここでもやはり私達のことを「先生、先生」と連呼。うれしい反面気恥ずかしかったです。
「これからハノイに行きます」と言うと、「ハノイは今冬です。寒いですよ」と心配そうに身震いします。苦笑しながら「日本は今もっと寒いです」と教えました。一年中真夏のホーチミンに住んでいると、22℃位でも寒いと感じる物なのですね。
これはテキストの常用漢字表。
ずいぶん難しい漢字まで覚えようとしているのにびっくり。
「日 本語を勉強して何がしたいですか?」と聞くと、「日本語で仕事がしたいです」「日本文化が好きなので学びたいです」と答えてくれたのは2人の女の子。ツ アー団長のKさんが「シュン先生の彼女になりたい人!」と言うと、手を上げる生徒が1人もいなくて、シュン君から「私は彼女が6人いるからいいです。月 曜、火曜、水曜、木曜、金曜、土曜」と指折り数える冗談も飛び出し、とても和やかな雰囲気に包まれました。
それから留学生クラスへ。
ここでは全員お揃いの青いシャツを着ていたので、理由を尋ねてみると、
留学生クラスの生徒だけはこれが決まりになっているとのこと。
ここにいるのは来年4月に日本へ行く人ばかりだそう。
「ではそれは頑張った証のシャツなのですね」とNさんが言うと、みんなが照れながらもうれしそうにしていた表情が印象的でした。
途上国から日本への留学は、遊び半分の気持ちでは決して出来ません。
留学生の多くは仕送りもなく、自分でアルバイトをして学費と生活費を稼ぎながら、大学に通うことになります。
ホウエ先生は「日本での生活は地獄だよ」と留学生達に話しているよう。
それだけ勉強と生活の両立は大変だと、事前に覚悟させている訳ですね。
けれど留学生達の瞳は、来春の留学に向けて夢と希望に溢れ、本当にきらきら輝いていました。誇りや緊張感といった、中級クラスとは明らかに違う空気が流れていました。
Kさんが「日本に来たら偏見や差別で嫌な思いをすることもあるかもしれない。でもあなた達の真剣さが伝われば、日本人はちゃんと理解して優しくしてくれるはずだから大丈夫」という話をします。
かわいらしい留学生達を前にしていると、この子達が日本でいじめられる
なんて考えたくないけれど、確かにそれも可能性としては事実。
日本各地で彼らと出会うことになる日本人が、どうか彼らに優しく接して
くれますように。そう願いながら、私は教室を後にしました。
Nguồn http://npocollabo.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/post-fb32.html
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